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会計・監査ナレッジ
Vol.
6
IPO総論 なぜIPOに失敗するのか
66
IPO支援担当 公認会計士/税理士
坂口勝啓

1. なぜIPOに失敗するのか?

IPOを実現するためには様々な課題をスケジュール通りにクリアしていくことになります。IPO準備は最短でも約3年必要で、その期間に想定通り準備を進めることが重要です。今回は、IPOスケジュールが延期となったり、断念することにならないように、IPOが、どのような理由で失敗してしまうのかを、事例を交えながら考察したいと思います。

2.キーマンの覚悟

キーマンとは誰を指すのでしょうか?当然社長です。IPOを果たすためには、様々なハードルや制約が発生します。このハードルや制約をクリアするためは、社長の覚悟が必要です。では、覚悟とはどのようなことを意味するのでしょうか?それは、必ずIPOをやり遂げるという意思の強さです。「IPOなんていつでもできる」、「市況が思わしくなく想定通りの株価がつかないから延期しよう」、「経営状況が芳しくないから延期して様子を見よう」沢山の経営者からこのような発言を聞きました。残念ながら、このような会社でIPOできた会社はありません。なぜでしょうか?それは、会社のトップである社長の覚悟がないと、その想いは会社に浸透してしまい、会社が本気にならないためです。良くも悪くも、IPOを目指すベンチャー・スタートアップは社長の会社です。そして社長と会社のメンバーが近いことがその強みであり弱点でもあります。なので、社長の覚悟がないと、その雰囲気がメンバーに伝わり、結果IPOが実現できないのです。

3.キーマンの制限

ベンチャー・スタートアップは良くも悪くも社長の会社だと前章でお話ししました。これは、業績面でも言えることで、社長は、経営企画室長であり、トップセールスマンといった会社がほとんどです。社長の感性や感覚で厳しい現代社会での様々な問題を提起し、そして解決することで、著しく成長できていると言っても過言ではありません。そのような状況の会社に、IPOに向けて、内部管理体制の強化や組織体制を導入してしまい、社長の行動を急に制限してしまうと、結果会社の業績に急ブレーキがかかってしまうケースが多々ありました。もちろん内部管理体制の強化や組織体制を導入することはIPOに向けて必要なことなのですが、会社の状況に合わせて段階を踏んで行っていくことが重要です。例えば、上記のように社長に依存している会社なのであれば、社長のワンマンから営業部を作る、経営企画室を作るといった権限移譲を行うことから進めていくことも必要だと言えます。

4. マーケティングが不十分

社長からの質問で最も多いものが、「いつIPO準備を始めればいいですか?」です。この答えは明確で、「社長がIPOを行いたいと思った時です。」と答えています。これは、上述した覚悟のお話で、社長に覚悟が決まった時がIPO準備を始める時なのです。次に多い質問が、「どうすればIPOできますか?」といったものです。社長の覚悟やIPO準備である、内部管理体制構築や組織体制の導入、利益管理の強化といったことももちろん重要なのですが、これらは必要な条件にすぎず、これらが確保できたからIPOできるというものではありません。これをビジネスで例えるなら、売れる「商品・サービス」があって、提供できる体制が整ったが、「商品・サービス」があるから売れるとは限らないことを意味します。つまり、IPOを実現させるためのマーケティングが必要なのです。

では、IPOにおけるマーケティングが必要なことは理解できるが、IPOにおいてはどんな「商品・サービス」をマーケティングすれば良いのでしょうか?答えは、「会社」自体です。IPOとは株式を公開することですが、これは言い方を変えると、「商品・サービス」である自社株式を「お客様」である投資家に購入してもらうことに他ならないのです。「商品・サービス」を「お客様」に購入してもらうためには、当然ながら購入してもらうためのマーケティングが不可欠ということを意味します。
「お客様」に買いたいと思ってもらえる魅力的な「商品・サービス」でなければリリースにすら至りません。マーケティング視点を持たず、審査のためのIPO実務のみに注力した会社は、「商品・サービス」である自社の成長性といった魅力を伝えることができず、本来の魅力を失ってしまい、その結果、IPOに失敗してしまうのです。

5. マッチした人材がIPO準備に関与していない

IPOとは、「商品・サービス」である会社を、「お客様」である投資家に提供することであるとお伝えしました。では、その役割を担う人はどのような人が適任なのでしょうか?もう答えはお分かりだと思います。そうです、社長自身です。会社という「商品・サービス」を「お客様」に一番提供できるのは、会社自身といっても過言ではない、社長なのです。そのため、IPO準備に関するプロジェクトを組成する際には、社長ができる限り関与することが、成功の秘訣なのです。
できる限り社長が関与することは理解できるが、ベンチャー・スタートアップは、社長が率先して行動しなければならないので、IPO準備に注力することはできないし、そうあるべきでないと言ったじゃないか、という声が聞こえてきます。仰る通り、一見矛盾していると思われるでしょう。ここで伝えたいことは、IPOの準備を行うプロジェクトには、外部のコンサルタントといったサポーターに全てを任せてしまうのではなく、社長又は、社長のブレーンといった経営層がしっかりと関与、コントロールすることが必要だと言うことなのです。よくある失敗例として、自社の理解に乏しい外部のコンサルタントや入社間もない管理部門、IPO準備室長などに丸投げしてしまうといったケースで、そのような会社はIPOに失敗するか時間がかかったりしています。
経営者自身が信頼できるブレーンとともに、どうすれば自社いう「商品・サービス」の魅力を伝えられるのかについて、想いをもって論理的に納得感ある説明をすることがとても重要なのです。

6. IPO自体が目的になっている

IPO準備の会社には、VC等から資金調達を行っているケースも多いと思います。VC等から資金調達ができるということは、自社が評価されているということなので、社長は嬉しいとともに誇りに思うことでしょう。資金的な余裕も生まれ、よりIPOへの確度が高まることも事実です。しかしながら、良いことばかりではありません。VC等が資金を供給するのには、もちろん理由があります。それは、IPOを実現してもらい、キャピタルゲインを得ることなのです。すなわち、VC等からの資金調達は、VC等とIPOを約束することに他ならないのです。VC等の資金供給には期限が定められるのが一般的です。これは言い換えると、IPO実現の期限を定められることを意味します。
業績が黒字でしたら、余裕をもってIPOを進められますが、赤字で調達していた場合、IPOを実現するために、黒字化の実現が求められるので、時間に追われることになってしまいます。時間に追われるといいことはありません。これはIPO準備でも同様です。時間に追われる結果、IPO自体が目的になってしまい、結果IPOができない、又はIPOができてもそこがゴールになってしまう、いわゆる「上場ゴール案件」になってしまいます。IPOはそれ自体が目的ではなく、更なる成長を実現させるためのツールに過ぎないので、黒字化が実現できるよう、自社のビジネスをちゃんとすることが大事なのです。

7.まとめ

以上なぜ、IPOを失敗するのかを事例を交えてお伝えさせていただきました。IPOを目指されるすべての会社にとっての一助となれば幸いですし、ぜひ素晴らしいIPOを実現し更なる成長を果たすことを願いたいと思います。

坂口勝啓
2003年10月:公認会計士試験に合格し、あずさ監査法人入社。入社以降一貫して株式公開業務に従事。9社を株式公開に導く。㈱アドウェイズ、㈱はてな、㈱アカツキ、㈱テラスカイ、㈱サーバーワークス他
2018年 8月:株式会社WARCにてIPOコンサルティングに従事。株式公開の知見を生かして現実的かつ実行可能性の高いアドバイスを行う。
2021年 3月:再度IPO業務に従事するため、IPOに理念を強い理念をもつシンシア監査法人に入所。

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