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IPOに関するQ&A
Vol.
14
IPOのためのコンプライアンス
みおぎ監査法人
代表社員/公認会計士
横手宏典

1.はじめに

 上場審査に関して、以下の観点からコンプライアンス体制について厳しく審査が行われます。

  • 法令遵守の体制が適切に整備、運用され、重大な法令違反となるおそれのある行為を行っていない状況にあること

 コンプライアンスとは、「法令遵守」と訳される言葉で、法令だけでなく倫理や社会規範といったものも対象となります。未上場企業であれば、例えば、労基法違反や景表法違反など、誰かから訴えられたり通報されたりしない限り、法令違反が顕在化するケースは多くないかもしれません(だからといって、違反していいということではありません!)。上場企業の場合は、法令遵守は勿論、それを維持運用するための体制を構築運用していく必要があります。今回は、コンプライアンスについて、上場審査において問題になりそうな論点をご説明します。

2.労務管理について

労働基準法等の遵守体制の整備ですが、整備するまでには時間がかかりますし、仮に従業員等が労基署に通報し、調査が入り是正勧告を受けた場合には、上場審査上、再発防止策やモニタリング体制を確認される可能性があります。したがって、上場準備に着手した初期の段階で、早めに法令遵守の状況確認と対処にとりかかることをお勧めします。

①未払残業代について

 現状の就業規則に照らして、過去の残業代が正しく支払われているか未払いはないかをチェックします。この時、タイムカードやWEB打刻等が記録されていれば、それから残業代を計算することができます。仮に過去の勤怠記録が残っていない場合で、残業代が発生していないと合理的に認められる会社でしたら、上場準備を始めた段階で「労働条件通知書」で従業員と労働条件について合意し、その後運用していくこと方法が考えられます(債権債務がないことについての合意文書を締結することも考えられますが、これらの合意は、会社が一方的に従業員に押しつけて、半強制的に合意させることのないよう注意してください)。

 一方、慢性的に残業が発生しているケースでは、自己申告でも本人からの自己申告による過去の残業時間を検証する形でも構いませんので、適切に、残業代を支払うことが望まれます。後になって、従業員が労基署に通報などした場合に、そこで上場審査が止まってしまう可能性があるからです。

 なお、2020年4月以降発生分の労働債権の消滅時効は労働基準法の改正により2年から5年(ただし、当分の間3年)に変更されましたので、従業員が事後的に請求する期間が長くなり遡及して支払う金額も多額になる可能性があります。上場準備会社は、よりリスクが高くなりますので、早めに準備することが必要になったと考えられます。
 さらに注意して頂きたいのは、管理監督者の扱いです。会社が課長やマネージャーは管理監督者であるという認識で、残業代を支払っていなかったという場合でも、労基法上の管理監督者の要件に照らして、管理監督者ではなかったということで、後日、従業員から未払残業代を請求されるケースがあります。仮に、実際には経営者と一体的な立場にあるような重要会議の出席や決裁権限などの裁量がない、いわゆる「名ばかり管理監督者」の場合は、管理監督者として認められず未払残業代を支払うとともに、ルール改善等の再発防止策の運用体制をモニタリングされることになります。

 
 また、最近のリモートワーク特有の論点となりますが、リモートワーク時の勤務時間の管理について、主幹事証券会社によっては、ウェブ打刻申請だけでなく、打刻申請後の勤務時間の確認の観点からPCのログイン/ログオフ時刻との関係性の説明を求められるケースもあるようです。どこまで厳密に管理、チェックすればいいかという基準はありませんが、定期的にログと実態との確認を行うなどしてモニタリングする必要があります。

②36協定について

 36協定は労働者代表と会社が協定を結び労基署に届け出るものです。法定上の時間外労働時間は1ヶ月上限45時間、1年間上限360時間となっていますが、36協定の特別条項として、月45時間を超える残業が年間6回まで、年間720時間まで定めることが可能です。1ヶ月の上限は100時間未満までは認められますが、昨今の働き方改革や過労死レベルを考慮して、概ね月80時間以内とするのが無難かもしれません。

 また、特別条項は、年間6回までなら問題ないというものではなく、「繁忙期などで限度時間を超える労働が必要となる場合」に限られていますので、毎月繁忙期というような場合には、人的リソースを補充するなどの改善策が必要と考えます。上場審査上、過去の例としては、現在の運用と提出済み36協定との不整合があり、確認を求められたケースもありますので、現在の36協定を再確認し、必要があれば修正するなどの対応が必要と考えます。

その他、以下のようなケースにも留意が必要です。

  • 変形労働時間制を採用している上場準備会社において、36協定にその内容を定めるという認識がない。または失念している。
  • パートタイマー社員について、社会保険加入対象であるにも関わらず、未加入となっている。
  • 裁量労働制、固定残業代を採用している申請会社において、深夜残業手当が不払いとなっている。

3.不当景品類及び不当表示防止法(景表法)について

 未上場の段階においては、景表法を意識していないケースが多いと思います。一方、証券会社や取引所は適切な表示・開示を重視していますので、上場準備会社側とギャップがあるところかもしれません。景表法の詳しい内容はこちらの消費者庁のホームページをご参考ください。
 景表法では、「過大な景品類の禁止」と「事業者が講ずべき景品類の提供及び表示の管理上の措置」を定めており、上記のホームページでは、以下のような違反事例を挙げています。

①優良誤認の例

  • 「この技術を用いた商品は日本で当社のものだけ」と表示していたが、実際は競争業者も同じ技術を用いた商品を販売していた。
  • 合理的な根拠のない効果、性能の表示例として、ダイエット食品の痩身効果、生活習慣におけるウィルス除去等の効果を表示していた。

②有利誤認の例

  • 家電量販店での家電製品の店頭価格について、競合店の平均価格から値引すると表示していたが、実際には、その平均価格を実際よりも高い価格に設定し、そこから値引きを行っていた。
  • メガネ店で、フレーム+レンズ一式で「メーカー希望価格の半額」と表示していたが、実際には、メーカー希 望価格は設定されていなかった。
  • 今だけ入会金10000円無料と表示をしていたが、実際には入会金を取った実績がない。

 特にBtoC事業においては、景表法で禁止する「優良誤認」について留意する必要があります。例えば、ある会社では、「動画見放題プラン」と称していましたが、実際には全動画を見ることはできず(特に新作を中心に)、さらにそのことに関する説明を記載していたものの、「よくある質問」をクリックしなければ見れなかったり、小さい文字で記載されていたりしたことにより、適切な打ち消し表示がされていなかったこと等により、「優良誤認」に該当し課徴金納付命令を受けた事例がありました。
 また、上場審査の例として、居酒屋チェーンにおいて、●円均一と表示をしながら、実際には●円以外の金額でメニューを提供していたこと等により、問題となったケースもあるようです。
 このことから、上場準備に際しては、リーガルチェックを受けることにより現在の表示がコンプライアンス上問題にならないかチェックするほか、社内研修なども行う必要があります。

 また、コンプライアンス担当は当然として、マーケティング担当にも概要を理解してもらい、新しい商品、広告、ホームページでの掲載などを行う際には、一義的にマーケティング担当等でチェックを行い、判断が微妙なものについては、コンプライアンス担当のチェック、さらには弁護士等のリーガルチェックを受けるような体制の整備が必要と考えます。

4.税務コンプライアンスについて

 未上場企業の場合、様々な方法で納税額を少なくするように策を講じているケースが多いかもしれません。一方で、アーリーステージのベンチャー企業については、投資段階にあり繰越欠損金が発生している段階においては、リスクは大きくないかもしれません。税務調査において、修正申告による追徴課税が発生した場合、金額によっては大きな問題になることはありません。一方、重加算税が課せられた場合には、上場審査上の大きな問題として論点になってくる可能性があります。重加算税は、「納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を仮装・隠蔽し、その仮装・隠蔽したところに基づいて納税申告書を提出していたとき」に課せられるものです。したがって、上場後にそのようなことが発覚すると、過去の決算情報の訂正や訴訟に発展する可能性があるため、重加算税を課せられた実績があると、それが発生した要因や再発防止に関する管理運用体制もチェックされることになります。しかも、重加算税の実績は、上場申請の直前2期だけで済むわけではなく、過去5年くらいは遡ってチェックされることになりますので、再発防止策を整理しておく必要があります。


 例えば、JASDAQ上場企業のある会社においては、代表取締役が主導して高額な弁護士報酬を支払っていたり、発注先に水増し経費を支出していたりしたことにより重加算税が賦課され、会社から損害賠償請求を提起された事例もありました。また、直接、会社が指摘を受けたものではありませんが、不動産管理会社において、代表取締役が架空の課税売上を作りマンション購入の際の消費税の不正還付を受けたとして、消費税法違反で、当該代表取締役が在宅起訴を受けたケースもあります。

企業側において、意図的に仮装・隠ぺいしない限りにおいては、税務上、問題になるかどうかまでは、なかなか理解できないところです。そのためにも、会計・税務知識のあるCFOの採用やコンプライアンス意識の高い顧問税理士との契約が必要と考えます。

5.反社会的勢力の排除について

 1999年に東証マザーズの1号案件として上場した会社が、上場直後に同社代表と暴力団との繋がりに関する事実が報道されました。そのような背景もあって、証券取引所では、反社会的勢力(以下、反社)の排除の取り組みについて厳格な審査を行われております。当然ながら、反社に資金が流れることを防止する観点から反社との取引は防止すべきですが、多くの場合、未上場企業においては取引先が反社かどうかのチェックは行っておりません。上場準備に際しては、新規に取引を開始する際に反社チェックを実施することは勿論、定期的な(通常は1年に1回程度)反社チェックを実施することが原則となります。

一般的なチェック方法は、以下のとおりです。

① 検索ポータルサイト(YahooもしくはGoogle)での風評チェック

  • 検索ワードに会社名の他、反社、事件等のワードも入力し、and、or絞り込み検索を行う
  • 取引先会社名だけでなく、代表取締役についても同様にチェックを行う
  • 当社の役員(親族等含む。)、部長クラスについても、同様にチェックを行う
  • 株主についても、同様にチェックを行う

②日経テレコンでのチェック

 日経テレコンは、新聞・雑誌記事のデータベースです。通常、上場準備に際しては、このサービスを利用するケースが多いようです。記事検索のため、一般のビジネスニュースなどでも該当することがありますが、見出し表示で事件性のあるものだけを確認すればよろしいかと思います(記事本文の閲覧は従量課金されるが、見出しだけでは従量課金されない)。

 継続取引先及び新規取引先をチェックする際には、官公庁や公的機関、上場企業及びそのグループ会社、もしくは一般的なEC等での購入先(amazon、アスクル等)については除外してもよいと思います。なお、定期的にチェック理由は、取引時点は反社でなくても取引開始後に反社になる可能性があるためです。当該定期チェックでは全件チェックせず、ある程度の金額基準を設けて重要性の高いもののみ、チェックするケースも多いようです。(会社の規模等によりますが、例えば年間取引金額5百万円以上等)。

③その他

 反社が会社に訪問、何らかの購入を求めてきた場合に備えて、反社会的勢力応対マニュアルを策定し、全国防犯協会に加入することが望ましいと考えます。

6.その他留意事項

 その他上場審査において、留意すべきコンプライアンスの例は以下のとおりです。
 なお、訴訟等を抱えている場合には、訴訟に至った経緯、訴訟の見込み、弁護士の見解、損害賠償の影響額等を考慮して検討される。

  • 人材派遣、請負業務を行っている上場準備会社において、偽装請負が存在する。
  • 役職員によるセクハラ問題があったが、会社としてコンプライアンス問題として対応せず、個人間の問題として処理していた。証券会社や主幹事証券会社にも報告を行っておらず投書により発覚した。
  • 複数の建物において増改築を行った際に、建築確認申請を行っておらず、固定資産税の不払いも存在した。
  • 中途採用した執行役員が収賄罪で起訴、有罪判決を受けており、執行猶予期間中であった。
  • 法令違反ではないが、SNSを展開する申請会社が、出会い系サイトを運営しており、その内容が不適切なものであると判断し、当該サイトを公序良俗の観点から整理することとなった。

7.おわりに

 以上、上場準備におけるコンプライアンスについて、参考となるご説明をさせて頂きました。コンプライアンス体制の整備運用には時間を要するため、早めに対応していくことが必要と考えます。
具体的な対応につきましては、主幹事証券会社等にご確認ください。

横手宏典
大阪府出身。北海道大学経済学部卒業。
太田昭和監査法人(現 EY新日本有限責任監査法人)に入所し、素材メーカーや輸送機器メーカー等、幅広く上場会社の監査やIPOの監査等の業務に携わる。株式会社東京証券取引所上場部及び東京証券取引所自主規制法人上場管理部へ出向し、上場関連業務に携わる。独立後は、上場会社や上場準備会社の監査役の就任などの支援を行う。2019年9月にみおぎ監査法人の設立時の代表社員に就任

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