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IPOに関するQ&A
Vol.
2
狐塚利光
IPO準備を始める前に
あかり監査法人
統括代表社員
狐塚利光

1.IPOできる会社の確率は?

昨今、成長している企業ではIPO(「初めての(Initial)自社株式の不特定多数の投資家への販売(Public Offering)」、本文では新規株式上場の意)を積極的の検討する会社が増えています。しかし、経済情勢や業績といった要因や管理体制の不備など、さまざまな要因でIPOを志すものの失敗に終わるといった事例は数多く存在します。

IPOを目指し監査法人に監査を依頼する状況になっている企業はビジネスが成長・成功している企業が多いわけですので、その時点で既にかなりの競争を勝ち抜いてきている企業といえるのかもしれませんが、さらに実際に監査契約を締結して金銭のみならず時間や労力を含めた各種コストを費やしてIPOに向けて尽力した企業のうち、どの程度の企業が実際に上場を果たすのか?

明確な情報を持っていませんので正確にはわかりませんが、私のこれまでの経験を振り返ると、監査契約をした企業の中で実際にIPOを果たされる会社さんは10社に1社もない、おそらく20社に1社程度なのかなというイメージです。

2.新規IPO数に見る昨今の状況

IPOを実現する企業数は、リーマンショック前の数年間は年間100~200社近くに達しましたが、リーマンショックを契機に一時期急激な減少となり、2009年には20社を割り込むほどに減少しました。株価の方はその後は徐々に回復し、近年ではアベノミクスや世界的な金融緩和政策を背景に日経平均株価も急速に回復し、ここ最近では3万円台を窺う勢いになってきました。

しかしながらIPOについては2019年が86社、2020年が93社に止まり、リーマンショック前までの水準(年間100~200社近く)までは回復していない状況です。日本全体では、業績・業容においては近年中にIPOできる予備軍は国内におよそ300社、数年内のIPO予備軍まで含めるとおよそ600社あると推計されていますが、残念ながら「低水準な安定」となっています。

実はリーマンショック前でのトレンドが現在も続いているならば、株式市場の水準を鑑みても、近年でもIPO出来た企業は150社ほどあったのではないかともいわれています。これが事実であれば、実際に達成した会社が90社程度ですので、ざっと60社前後はIPOのテーブルに載っていながら達成できなかったという計算になります。

3.IPOを断念せざるを得ない企業とは?

実際のところ、業績面および成長性の観点からは問題がない企業においてもなかなかIPOまで辿り着けずに逡巡している企業が日本国中で散見されます。では、業績面や成長性の観点で大きな差異がない企業であってもIPOを達成できる企業と出来ない企業がある、その違いは何であるのでしょうか?

著者は過去20年近くにわたりIPOの世界に会計監査というクライアントを客観的にみる立場で接してきましたが、その経験から申し上げると、IPOを達成出来る企業と出来ない企業の差は、業績などの観点を除けば、経営者のIPOに対する理解の深さという要素が一番大きいのではないかと感じています。端的に申し上げると、IPOを断念せざるを得なかった企業の多くは、経営者の独善・独走によるものがほとんどでした。

もちろん、IPOを志すには経営者の高いリーダーシップが必要ですので、独善・独走となる要素と紙一重かもしれませんが、特に以下の2点を経営者が理解できているかどうかという点が大きいと感じています。

① IPOを検討する段階で経営環境が大きく変わっていること

企業の成長には、大きく創業期、成長期、成熟期がありますが、IPOの典型的なケースとしては、例えばIT・情報・通信やサービス業などによく見られるような、創業者である経営者が創業期から成長期に入るタイミングでIPOを検討するといったケースが挙げられます。

創業期から成長期にスライドするタイミングで経営者はIPOをするかどうかのオプションを検討することとなります。ここで考えなければならないのは個人的経営から組織的経営への脱皮、分かりやすくいうと、この規模に成長した段階では経営者は会社の全てを掌握することが難しくなり、部署を確立して中堅幹部にオペレーションを任せながら、会社のビジョンや経営戦略を発信してコーポレートガバナンスを構築しなければならない業容となります。

しかし、このことに気付かず旧態依然の経営手法に固執し、以下のようなアクションを採る経営者がいます。

  • 全てを経営者自身の発信で組織を動かそうとする
  • 中堅幹部には自分と同じスキルを求め、ミッションを明示しない
  • 業務指示について中堅幹部をスルーして直接現場に出す

このような経営者では、一定規模以上の企業拡大は難しく、結果、IPOが実現できないという状況に陥ります。上記のやり方の問題点としては、以下のようなことが挙げられます。

  • そこまでの業容に成長した段階では、経営者一人が動かし、把握する物理的な限界を超えている
  • 同じスキルまたはそれ以上のスキルを持っている人材ならば、その幹部自体が独立して創業した方がその人材のキャリアが活かせるということを理解していない
  • 経営者を支える中堅幹部は不要であるというメッセージと取られてもやむを得ない

成長期に入ろうとする企業は中堅と若手の適材適所の配置を取りながら、中堅幹部に権限移譲して現場のオペレーションを任せるとともに、企業が向かう方向に各人が動いているか否かを継続的にウォッチをしていく、という体制が必要となります。

IPOのタイミングとなる成長期には、それまで経営者が全てをコントロールして育ててきた会社を組織運営に切り替えることが必要です。その作業は経営者としては、あたかも子どもを親離れさせるような感覚に似ているかもしれません。不安を感じるかもしれませんが、指南しながら幹部メンバーを信頼して任せ、一方で危険がないか常に目配りを行っていくことが必要となります。

②上場基準は業績・成長性だけではないこと

日本には東京証券取引所以外にも名古屋、札幌、福岡の3つの証券取引所があり、それぞれに本則市場と新興市場が設けられておりますが、形式基準と実質基準は東京証券取引所と同様に設けられておりますので、基本的には差異がないと理解していただいてよいでしょう。

審査基準は大きく形式基準と実質基準に分けられ、形式基準には利益の額、時価総額などの明確な基準があり、これをクリアすることは最低要件となります。

特に実質基準は、その企業の上場企業としての適性を確認するために必要なエッセンスで、投資家にとっての投資に値する株式の銘柄の要件と考える必要があります。

ときに多くの経営者は、会社の成長=売上高・利益の成長と考えますが、間違いではないもののそれだけではありません。すなわち、投資家にとっては株式が藻屑の泡と消えても困りますので、対象企業が成長する見込みがあるということと同時に、失敗リスクを軽減しているという、いわば「攻撃と防御を備えた企業」でないと、投資適格とは言えません。

IPOの実質審査の中で厳しく管理体制に関する審査が行われるのは、この防御の部分を要求しているものとも言えます。

4.どのような方針でIPOに取り組むべきか

では、どのような方針で経営者はIPOに取り組むべきか?肝要なのは「IPOを企業成長の目的ではなく手段とすること」という点を意識することだと考えます。

すなわち、攻撃も防御も兼ね備えた強い企業を作り上げることは、IPOをするしないに関わらず、企業を発展・成長させるためには必要なことだからです。ここでIPOを企業成長の目的として捉えてしまい「何が何でもIPOを…」と考えてしまうと失敗してしまいます。具体的には、以下のような方針で考えられるのが、よいのではないでしょうか。

  • 経営者(社長)が先導しながらも社内の主要ポジションの人材で「IPO対応チーム」を構成し、常にチーム全体でIPOの進捗や課題を認識しつつ、個別具体的な事項は権限を委譲しながら進める。
  • 社内全体に対してIPOを進める意義を経営者が発信し浸透させていく。
  • IPOを目的として考えない。企業が成長過程に入るための手段として位置付けていく。

狐塚利光
狐塚利光
山梨県出身。学習院大学経済学部卒業。
元優成監査法人代表社員札幌事務所長。約20年間にわたり、不動産業、IT企業、メーカー、飲食業など、幅広く上場会社の監査やIPO監査・コンサルティング業務に携わる。また、各種セミナーでの講師や著書も数多く手掛けている。2017年10月に有志メンバーと「あかり監査法人」を設立し、統括代表社員に就任する。

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