1.はじめに
上場審査においては、関連当事者等との取引については、「企業経営の健全性」の観点から、以下のような観点から慎重に審査が行われます。
- 関連当事者その他の特定の者との間で、取引行為その他の経営活動を通じて、不当に利益を供与又は享受していないこと
関連当事者等との取引については、過去においては、原則、取引の解消を求めており、取引を行う合理性・必然性があり、取引条件が妥当である場合には、例外的に容認するというスタンスでした。しかしながら、解消することの合理的な理由がなく、また、金額的に株主利益を損なうものでなければ、健全性を害することにはならないのではないかという意見もあり、原状、取引所では以下のよう論点をクリアできれば、原則的に認める方向となっています。
- 上場準備会社にとって必要な取引か否か、取引継続に合理性はあるか
- 取引条件は妥当であるか
- 上場準備会社の利益が不当に損なわれる状況ではないか
上記3つの条件をすべて満たさなければ、上場審査上は認められません。会社にとって不要な取引であれば、それは申請会社の利益を損ねていると判断される可能性があります。
2.関連当事者間取引において問題になりうるケース
以下では、代表的なケースを紹介します。
①不動産取引
- 社長と準備会社との不動産(土地)賃貸借取引について、もともと社長個人が有する土地に、工場を設立し、適正な賃料を社長が収受しており、直近の不動産時価から上場準備会社が短期間で土地を取得し取引を解消することが困難な場合には、取引継続の合理性があり、取引条件も合理的であること、また、社長が利得を得ることを目的としていないことから、容認される可能性があります。なお、適正な賃料を継続するかどうか等の関連当事者間取引の整備運用体制については確認が求められます。
- 多店舗展開を行っている上場準備会社が同社社長の親族保有の土地・建物について店舗運営を目的として賃借している場合、上場準備会社の出店戦略との整合性、店舗の業績から撤退基準に照らしてどうかを判断し、相違について他の店舗との整合性がとれれば、容認される可能性があります。
- ホテル経営を行っている上場準備会社について、社長親族が、同社経営のホテルの一室に住んでいた場合、取引条件は近隣相場、ホテルのレートと一致してたとしても、取引継続の合理性はないため、容認されない可能性があります。
- 上場準備会社名義で実質社長が使用していた社有車や不動産(マンション等)を社長個人が買い取った場合、時価で取引をしている限りにおいては、容認される可能性があります。なお、取引する際には、見積書等を入手し、取引価額が妥当であることを説明できるようにしておく他、取引金額によっては、関連当事者等との取引として、財務諸表の注記に記載されてしまうため、上場準備を開始したら、早々に解消することが必要と考えます。
②営業取引
- 物販を扱う申請会社について、直販が可能であるにも関わらず、上場準備会社の社長の個人会社(商社)を通じて、上場準備会社の商品を販売していた場合、社長個人が上場準備会社に利益を提供するスキームと判断され、容認されない可能性があります。
③顧問・相談役
- オーナー等が役員退任後に顧問等に就任している場合には、勤務実態、役割、報酬額の妥当性について検討されることになりますが、ガバナンス体制として、取締役会への影響など、他の論点に発展することも考えられます。これに関しては、取締役会には出席せずに、経営への影響がないこと、顧問等としての業務内容、報酬の妥当性を有していることを確認できれば、容認されるとも考えられます。
- 上場準備に入ると、従来の顧問弁護士・顧問税理士が非常勤監査役等に就任するケースもありますが、この場合、弁護士事務所・税理士事務所との顧問契約が関連当事者に該当する可能性が高いため留意が必要です。大手の法律事務所もしくは税理士法人であれば、依存度は低いため容認されることもありますが、中小の事務所の場合には解消を求められるケースもあるようです。
④財産管理会社
- オーナーの財産管理会社との取引についても、留意が必要です。財産管理会社が保険代理店となり、上場準備会社と保険契約を締結し、財産管理会社が手数料を収受するスキームがあります。取引の必要性、取引条件の妥当性の他、適正な手続きを踏んでいるかどうかも確認されますが、最近はこのような取引を継続したまま申請するケースはほとんどないように思われます。金額が少額であれば取引解消まで求められないかもしれませんが、基本的に、上場準備会社が保険契約を締結するのは、節税や運用目的ということがほとんどと思われますので、そのような場合に上場準備会社にとって必要な取引であると説明するのは難しいかもしれません。
- 上場準備会社がシナジーを目的として取得した子会社について、期待通りのシナジーが認められず、社長が責任を取る形で、社長の財産管理会社に当該子会社を売却した場合、好ましくない取引ではあるものの、他の会社への売却の困難性や子会社整理の観点を考慮し、やむを得ない取引であり、容認されることも考えられます。
⑤公私混同の例
以下のようなケースでは、公私混同と判断され、上場審査上容認されない可能性があります。
- 社長個人の趣味で、美術品・船舶等を会社資産として取得している。
- 一般従業員が利用しにくい地域に福利厚生施設を有している。もしくは、役員しか利用できない。
- ゴルフ会員権について、社長の個人名義となっている。
- 社長の出身地域等、上場準備会社の事業領域とは関係のない地域のゴルフ会員権を有している。
- 社有車については一律に否定されるものではありませんが、上場準備会社の地域性や車種等も考慮して、公私混同か否かを判断されます。しかしながら、一般的にビジネスユースではないスポーツカーなどは留意が必要です。
⑥その他
- 役員間の親族関係、勤務実態又は他の会社等の役職員等との兼職の状況が、公正、忠実かつ十分な業務の執行又は有効な監査の実施を損なう状況でないこと
- (申請会社が親会社等を有している場合)親会社等からの独立性を有する状況にあること
- 社長が上場準備会社から金銭を貸借している場合には、原則解消を求められます。
- 特定の株主との株主間契約の中で、重要な意思決定事項を取締役会前に特定株主に報告したり、取締役会に出席することができる旨を規定したりしているものがあります。このような株主間契約については、少数株主保護の観点から、原則として上場申請のタイミングで解消が求められます。また、海外企業などでは、持分比率維持契約(上場後も現在の持株比率を維持する契約)を要求してくるケースもあります。この場合も、特定株主の影響力を固定化するような資本政策となるため、上場準備会社の独立性担保の観点からも、上場申請までに解消することを前提とする必要があります。
3.おわりに
以上、IPOにおける関連当事者等との取引の留意事項についてご説明させて頂きました。関連当事者等との取引の整理・解消には時間を要するケースも多いため、早めに対応していくことが必要と考えます。
具体的な対応につきましては、主幹事証券会社等にご確認ください。