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IPOに関するQ&A
Vol.
21
上場準備段階におけるM&Aの留意事項
みおぎ監査法人
代表社員/公認会計士
横手宏典

1.はじめに

 申請会社はシナジー効果により今後の高い成長性を実現することや早期に事業を拡大することを目的として、上場準備期間であってもM&Aを実行するケースもあります。準備段階におけるM&Aでは以下の例があります。

 東京証券取引所(以下、「東証」といいます。)では、上場審査において、上場準備期間中のM&Aを否定しているものではありませんが、規模やタイミングにより審査上の論点になり得ます。上場準備中のM&Aについては、会計上、税務上の論点も合わさって上場審査に関わりますので、今回はそれらのポイントについてご説明いたします。

2.審査上のポイント

東証の新規上場ガイドブック(以下、ガイドブック)にもあるように、審査上、M&Aや企業再編を否定していませんが、申請会社の実態に近い財政状態及び経営成績を審査するため、また、投資判断に必要として、以下の観点から審査が行われると考えます。

①M&Aの理由

 既存の子会社と同様に、出資、買収等の経緯については、審査対象に入ってきます。当然、取締役会等で協議のうえ、決議されることが必要となります。

②経営管理・ガバナンス体制

 上場審査においては、グループ全体のガバナンス体制及び経営管理体制についても上場審査の対象となります。したがって、準備段階において既に子会社化していた場合に比べ、例えば直前2期間の間に子会社化した場合、子会社化した会社の管理体制の状況により、短期間で整備する必要があり、管理体制を整備できない場合には上場スケジュールにも影響を及ぼすリスクがあります。特に、直前期においては、証券審査に入るケースもあり、子会社の経営管理体制及びガバナンス体制の有効性を確認できない場合には、スケジュールが遅れる可能性があります。この点において、デュー・デリジェンスの段階から、PMI(Post Marger Integration)を意識してM&Aを検討する必要があると考えます。

 なお、子会社の管理体制の精度については、子会社の規模や重要性によって考慮されるものではありますが、親会社が主体的に管理できているかどうかが重要になると考えられます。

③予算管理・月次決算

 重要な事業や会社をM&Aした場合、当然、連結ベースの業績にも影響を及ぼすため、予算修正や連結ベースでの予算管理が必要になります。その場合、M&Aした事業や子会社の予算精度やロジックを整備していく必要があります。また、通常の未上場企業では、月次決算をタイムリーに行っていなかったり、発生主義ではなく支払ベースで会計処理を行っていたりするケースも多いので、月次決算体制も整備していく必要があります。この点については、申請会社の経理・関係会社管理の部署が主体となって、指導していくことが必要と考えます(規模や管理体制によっては、親会社で巻き取る方法も考えられます)

④成長可能性

 グロース市場を目指す申請企業においては、M&A後も将来にわたって高い成長可能性があることが重要な審査上の論点になると考えられます。すなわち、事業譲渡や子会社化により、連結上の売上は増加するものの、その後も、グループでのシナジー効果や親会社の関与等により、グループ全体での売上・利益が成長していくことが求められるものと考えられます。この点においても、直前期に一定規模の子会社を買収した場合において、過去の業績が安定もしくは下降トレンド場合、成長可能性があるかどうかについて、一定期間の業績を確認される場合もあると考えられます。

⑤収益性

 ガイドブックにもありますが、多額ののれんが計上されているケースにおいては、減損により利益が著しく減少したり、金額によっては事業継続に重大な影響を及ぼしたりする可能性があることから、事業計画の合理性や減損テストの状況などについて確認を行い、総合的に判断するとされています。

 また、日本基準を採用している場合には、のれんは効果の及ぶ期間にわたり規則的に償却を行うこととなりますので、営業利益を圧迫する要因となります。特にグロース市場において、高い成長可能性を示すためには、グループ化によるコスト削減効果も含めて、のれん償却額を上回る利益を計上していくことが必要になると考えられます。

⑥企業再編の取扱い

 スタンダードもしくはプライム市場への上場場合、申請会社が、基準事業年度の末日から起算して2年前の日より後において組織再変更等(合併、株式交換、株式移転、株式交付、子会社化、事業譲渡等)を行っている場合、組織再編対象会社等(*1)の規模・属性に応じて、財務諸表及び監査意見等を提出する必要があります。

(有価証券上場規程施行規則第204条①(11)、209条(1)(2))

*1:申請会社による組織再編行為等の対象となる会社又は事業
*2:組織再編対象会社等のうち、申請会社よりも規模の大きいものをいいます。規模の大小は、組織再編行為等の直前における総資産額、純資産の額、売上高及び利益の額等を比較して決定します。
3:組織再編対象会社等のうち、その規模が申請会社の規模の過半となるものをいいます。規模の大小は、2と同様に、組織再編行為等の直前における総資産額、純資産の額、売上高及び利益の額等を比較して決定します。
*4:対象期間とは、基準事業年度の末尾から起算して2年前の日より後から組織再変行為等行うまでの期間をいいます。例えば、直前期の事業年度が2023年3月期で、2022年3月末に子会社化した場合には、2021年4月~2022年3月が対象期間となります。

3.会計上・監査上の留意事項

M&Aに関連する会計上・監査上の論点のうち、上場準備に関連する論点について説明します。

①取得関連費用

 子会社化の場合、企業が外部のアドバイザー等に支払った成功報酬、デュー・デリジェンス、バリュエーション、コンサルティング費用等の取得関連費用については、個別財務諸表と連結財務諸表とで取扱いが異なりますので注意が必要です。個別財務諸表では、金融資産の取得時における付随費用は取得した金融資産の取得価額に含めるとされています(金融商品会計に関する実務指針第56項 会計制度委員会報告第14項)。一方、連結財務諸表上は、取得した事業年度の費用として処理します(企業結合に関する会計基準第26項 企業会計基準第21号)。したがって、連結上は取得関連費用を考慮して業績を予算、業績を管理する必要があります。一般的に、レーマン方式による成功報酬やデュー・デリジェンス費用は多額になる傾向があり、連結上の予算管理の観点から留意が必要です。

 なお、成功報酬については、取得関連費用とすることに異論はないと考えますが、デュー・デリジェンス費用等については、買取意向の前後で、取得関連費用とするかどうかを検討することも考えられます。

②取得日時点の純資産

 子会社化の場合、取得日時点の適正な純資産をもって資本連結を行います。財務デュー・デリジェンスにより、資産負債の含み損益や未払の計上漏れなどは一定程度把握されますが、財務デュー・デリジェンスと監査上のスコープが異なっていたり(通常は、監査上のスコープの方が小さいと考えられます)、財務デュー・デリジェンスは直近決算等を基準日とすることが多く、連結の取得日と異なったりしますので、連結する段階で子会社の貸借対照表の内容を改めて確認する必要があると考えます。

③JSOXの取扱い

 JSOXの整備運用状況は、監査法人マターの部分ではありますが、審査においてフローチャートを確認したり、準備状況を簡単には確認されたりしますので、直前期においては、少なくとも整備体制を確立しておくことが必要と考えます。また、2.②及び③にも関連する項目でもあります。通常、売上高で全体の95%に入る場合には全社統制の評価範囲となり、売上高の概ね2/3に入る場合には、重要は事業拠点として、業務プロセスの評価範囲にも入ってきます。すなわち、子会社化や事業譲渡等の時期によっては、上場準備の時間的な制約の中で、JSOXの準備もしなければならなたいめ、IPOスケジュールに留意する必要があります。

4.税務上の論点

 ソフトバンクグループ(以下、SBG)が、東京国税局の税務調査を受け、2021年3月期までの2年間で約370億円の申告漏れを指摘されました。内容は、傘下のスプリントとTモバイルUSの合併に伴い発生したデュー・デリジェンス費用などの新会社株式の取得関連費用を雑損失として計上していたところ、税務当局に株式の取得価格に算入すべきと指摘を受けたことによるものです。子会社化の取得関連費用については、3.①で記載した通りで、個別財務諸表と税務上とで範囲が異なることは無いと考えますが、例えば、事業譲渡の場合、会計上は費用処理が求められるのに対して、税務上は、のれんも含めて取得関連費用を資産計上することが求められると考えます。のれんは、事業譲渡等で習得した承継資産と取得対価との差額ではありますが、税務上は超過収益力という財産的価値を取得したものと考えられます。多額な成功報酬等の取得関連費用は税務調査において資産計上を求められる可能性も低くないと考えられ、準備段階において過去の取得関連費用の処理を否認された場合には、金額により上場審査にも影響を及ぼす可能性がありますので、留意が必要です。

5.終わりに

 M&Aも株式上場も、事業の拡大や企業価値向上のための手段ではありますが、上記のとおり、上場準備段階のM&Aについては、経営管理体制や収益性、成長可能性等の確認、申請会社(親会社)の子会社管理及び連結ベースで開示書類を作成するためのリソースや工数が大幅に増加することも想定されます。したがって、M&Aによる事業拡大とIPOスケジュールのどちらを優先すべきかを考慮しながら、証券会社や監査法人と協議して進めることが必要と考えます。

横手宏典
大阪府出身。北海道大学経済学部卒業。
太田昭和監査法人(現 EY新日本有限責任監査法人)に入所し、素材メーカーや輸送機器メーカー等、幅広く上場会社の監査やIPOの監査等の業務に携わる。株式会社東京証券取引所上場部及び東京証券取引所自主規制法人上場管理部へ出向し、上場関連業務に携わる。独立後は、上場会社や上場準備会社の監査役の就任などの支援を行う。2019年9月にみおぎ監査法人の設立時の代表社員に就任

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