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IPOに関するQ&A
Vol.
5
IPOにおける企業の収益性
みおぎ監査法人
代表社員/公認会計士
横手宏典

1.はじめに

東京証券取引所(以下、東証)の上場審査においては、企業活動の前提となるビジネスモデル、事業環境、リスク要因等について、慎重に審査が進められます。また、これらのファクターを考慮した事業計画が策定され、その進捗状況についても、審査が行われます。ここでは、これらについての上場審査上、留意すべき事項についてご説明いたします。

2.上場審査の内容

東証本則市場の上場審査においては、「上場審査等に関するガイドライン」にそって、以下の項目について審査が行われます。

  1. 事業計画が、そのビジネスモデル、事業環境、リスク要因等を踏まえて適切に策定されているかどうか
  2. 今後において安定的利益を計上することができる合理的な見込みがあるかどうか
  3. 経営活動が、安定かつ継続的に遂行できる状態にあるかどうか

一方、東証マザーズ(グロース)市場においては、「高い成長可能性」が重要な審査項目となることから、上記1~3のについては、マザーズ(グロース)の「上場審査等に関するガイドライン」の記載はありませんが、事業計画を確認する際には①を前提に審査されるものと考えられます。今回は、1について、説明します。

3.事業計画について

事業計画については、市場環境、競合動向、法的規制等の外部経営環境を踏まえ、足元の販売・仕入状況や今後の事業戦略等が事業計画に適切に反映されているか否かについて確認が行われます。また、事業計画は損益計画だけでなく、人員計画・投資計画・資金計画との整合性についても確認されます。事業計画の策定プロセスが一部の部署で独断的な努力目標として策定されていないかどうか、積上げ方式で策定されているかどうかについて、確認が行われます。

2014年12月に直接東証1部に上場した株式会社gumi(以下、gumi)は、上場時に通期の業績予想を黒字で開示していたものの、上場後3ヶ月で大幅な赤字に下方修正を行いました。その前後で株式会社フルッタフルッタや株式会社ジャパンディスプレイなど上場後の下方修正が相次いだことも背景として、より事業計画に対する審査が厳格化されました。さらには、上場時に開示する業績予想について、根拠となる前提条件等(「●年●月期業績予想の前提」として開示)の開示を具体的かつ詳細に記載するよう求められることとなりました。gumi以降の審査のおいては、特に、上場申請期の業績予想の達成可能性について、単に財務会計上の数字の進捗だけでなく、KPIの達成可能性等についても確認されるものと考えられます。例えば、季節変動がある会社、ゲーム会社等のコンテンツヒットが前提となっている会社等は、期末近くまで業績を確認されるケースも考えられます。

4.予算統制について

上述のとおり、事業計画の蓋然性(達成可能性)は重要な審査項目ですが、その管理体制についても確認が行われます。予算管理規程を作成し、以下のように、予算体系・最高責任者・総括責任者・管理部署・予算編成手続・予算修正手続・予算統制方法を規定し、規定どおりに策定されているか否かの確認が行われます。

  • 最高責任者・統括責任者・管理部署…一般的には、最高責任者がCEOもしくは社長、統括責任者がCFOもしくは管理本部長等、管理部署が経理部や経営企画室等となります。
  • 予算編成手続・予算修正手続…一般的には、CFOが素案や方針を策定し、CEOの承認を得て、各部署に伝達し、積上方式で予算を策定します。策定した予算は取締役会で承認することが必要となりますが、事業年度の開始前(3月決算であれば3月までに)に承認を得ることが原則です。予算の修正については、通期及び第2四半期の予算に対し、売上の10%もしくは営業利益・経常利益・当期純利益いずれかの30%の変動が見込まれることが明らかになった時点で修正するように規定します(業績修正の適時開示要件が上記のとおりとなっていますので、これより緩い基準は認められないと考えます)。
  • 予算統制方法…月次決算を15日程度で固め、取締役会で毎月報告することが必要です。取締役会では、財務会計上の予算実績の差異内容の他、KPIや今後の方針・重点課題・アクションプラン・その他リスク要因等につても報告することが必要と考えます。以下のようなケースにならないように留意が必要です。
  • 予算や中期計画の策定について委員会で審議することになっていたものの、当該委員会が予算管理規程等に記載されておらず、メンバー構成や社内手続、修正に関する手続が不明瞭、不存在だった。
  • 予算及び修正予算の承認は、規定上で取締役会となっていたものの、実際には取締役会での決議はなされていなかった。
  • 市場変更を対象とした上場準備会社において、経理部門もしくは経営企画部門等で、予算の達成可能性における検討が不十分であったため、精度の低い予算を公表した結果、予算との乖離が生じ、何度も業績予想の修正を繰り返していた。

5.高い成長可能性について

冒頭で記載した通り、東証マザーズ(グロース)市場に上場申請する場合には、高い成長可能性が必要となります。上場審査の流れとしては、上場申請の直前に主幹事証券会社が東証に成長可能性に関する説明をしますが、上場準備会社は、その前提となるような客観的なデータ等を準備する必要があります。

  • 将来の市場規模に関する見込み(第三者機関の調査データ等も参考に)
  • ビジネスモデル、サービスの特徴、差別化要因
  • 競争力の源泉
  • KPIの見込み
  • 将来の事業展開、成長戦略

一般的には、上場準備会社においては、申請直前前期くらいから中期経営計画を策定していきますが、現状のビジネスだけを前提としていたり、上記に関する客観的なデータが乏しかったりするケースが多いと思われます。したがいまして、主幹事証券会社のコンサルティングが入るタイミング(申請直前期の開始の前後)位を目途にマーケットや差別化要因、コア・コンピタンス等の成長要因を調査・整理していることが重要となります。

なお、2022年4月4日を目途に新しい市場区分となり、基本的に、マザーズ市場はグロース市場に移行されます。グロース市場における上場時に開示する「事業計画及び成長可能性に関する事項」(nlsgeu000005b3jc.pdf (jpx.co.jp))では、以下の項目を記載し、かつ上場後も事業年度経過後3ヶ月以内に進捗状況を反映した最新版を開示する必要がありますので、留意が必要です。現在のマザーズ市場の説明資料を踏襲したものではありますが、これらを意識した事業計画の策定とビジネス展開がより重要になってくるものと考えます。

  • ビジネスモデル…事業内容、収益構造
  • 市場規模…市場規模、競合環境
  • 競争力の源泉…成長ドライバーとなる技術・知的財産、ビジネスモデル等
  • 事業計画…成長戦略、経営指標、利益計画及び前提条件、進捗状況
  • リスク情報…認識するリスク及び対応策

なお、上場の際の公募・売り出しにおける公募価格は、通常Comps(Comparable peer company multiple method。評価対象企業と類似する上場企業の市場株価を基に算出したマルチプルを適用して企業価値を算出する方法)に基づく 予想PERを参考に、非流動性ディスカウントを考慮して、ロードショー、ブックビルディングを通じて決定されます。したがって、どのような上場企業を類似会社とするかが重要であることも踏まえて、類似企業との相違を整理し、サービスの差別化を図っていくことが重要となります。成長可能性は、企業全体としての成長性を指しますが、特に複数のサービスを展開している場合には、Compsに寄せていくための実績(売上・利益)の創出が必要です。「当社には類似企業がない」とか、例えばAIを扱っている企業のPERの高い企業をCompsに採用したいと思われる経営者の方がいらっしゃるかもしれませんが、主幹事証券会社と早い段階でディスカッションして、方向性を固める必要があります。

6.その他審査上の論点

その他収益性に関して、上場審査上、論点になりうる項目をご説明します。

  • 東証本則市場、東証マザーズ市場にかかわらず、利益の額が小さい、もしくは損益分岐点近辺で業績が推移している場合には、上場後に赤字を計上しないかどうかという観点からも、より慎重に審査が進められるものと考えます。
  • 特に東証本則市場となりますが、上場申請期に減益基調で推移している場合には、継続的に黒字を計上できるかどうかの確認が必要となりますが、例えば、月次ベースの進捗を確認し、底打ちできるかどうか(実際に底打ちしたかどうか)確認されることになります。一時的な需要により単月で業績が回復したようなケース(特需)では、回復傾向にあるとは言えず、底打ちには当たらないものとして判断されるものと考えます。
  • 収益性に関しては、重要な訴訟の有無についても確認が求められます。仮に敗訴となり損害賠償請求が発生し、利益の半分以上が消滅する可能性がある場合には、上場が認められない可能性があります。訴訟については、経緯、再発防止策、弁護士の見解と訴訟の見通しなどが慎重に確認されます。例えば、損害賠償請求を受け第1審で敗訴となった上場準備会社については、訴訟の経緯、再発防止策、業績や財政状態への影響、弁護士による訴訟の見込み、監査法人による会計処理の妥当性等を慎重に審査された結果、上場の適格性が認められるケースもあると考えられます。

7.おわりに

以上、上場準備における企業の収益性について、ご説明させて頂きました。事業計画について、CFOだけで策定することには限界がありますので、経営者やビジネス側も巻き込んで、自社のビジネスモデルを整理していくことが必要と考えます。

横手宏典
大阪府出身。北海道大学経済学部卒業。
太田昭和監査法人(現 EY新日本有限責任監査法人)に入所し、素材メーカーや輸送機器メーカー等、幅広く上場会社の監査やIPOの監査等の業務に携わる。株式会社東京証券取引所上場部及び東京証券取引所自主規制法人上場管理部へ出向し、上場関連業務に携わる。独立後は、上場会社や上場準備会社の監査役の就任などの支援を行う。2019年9月にみおぎ監査法人の設立時の代表社員に就任

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